今回ご紹介する1980年(昭和55年)のヒット曲は、伊丹哲也 & Side By Sideの「街が泣いてた」です。 「街が泣いてた」は、1980年(昭和55年)11月28日に発売された伊丹哲也 & Side By Sideのデビューシングルです。作詞・作曲とも伊丹哲也さんとなっています。
伊丹哲也 & Side By Sideの「街が泣いてた」は好きでしたね!歌い出しは、「Oh My Good bye Town、住みなれた街♪」って感じでしたね。でも、個人的には、サビのところの「Oh、も~お~さよなら俺の街よ~♪」ってところと、伊丹哲也さんのしゃがれ声がカッコいいと思った曲です。
伊丹哲也 & Side By Sideの「街が泣いてた」ですが、オリコンランキングでは最高19位を記録、レコード売上は16.4万枚を記録するヒットとなりました。
「街が泣いてた」は、ヤマハのポプコンで有名になった曲だよね?
そうですね。もともとは、伊丹哲也さんが1980年(昭和55年)の第19回ヤマハポピュラーソングコンテストに出場し「街が泣いてた」でグランプリを獲得、その後、「伊丹哲也 & Side By Side」とグループ編成になり、11月28日にレコードデビューとなりました。
もともとはソロだったんだね。伊丹哲也さんは、ソロでも十分なインパクトあるのは間違いないよね。あの声は一度聞いたら忘れられないよ。
伊丹哲也さんは、年齢非公開のため生年月日は分かりませんが、大阪府豊中市の出身です。
恐らく1950年代生まれではないかと霊視しますw さて、パワフルなしゃがれ声が印象的な伊丹哲也 & Side By Sideの「街が泣いてた」をどうぞ!
1980年(昭和55年)のヒット曲「街が泣いてた」伊丹哲也 & Side By Side
1980年(昭和55年)ヒット曲
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街が泣いてたを振り返る
当時の音楽シーンを彩り、大きな感動を与えました。
音楽の軌跡
その活動は、現在のJ-POPシーンにも通じる革新性がありました。
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🏮 日本の音楽文化への影響
「街が泣いてた(伊丹哲也 & Side By Side) 1980年(昭和55年)」は単なるヒット曲を超え、昭和60年代の日本の音楽文化を形作った重要な楽曲の一つです。この時代の音楽は、テレビの普及やレコード産業の成長とともに、日本全国の家庭に届けられました。
その後の音楽シーンにも少なからず影響を与えたこの曲は、後続のアーティストたちにとってもインスピレーションの源となっています。昭和・平成の音楽史を辿る時、この曲は必ず言及される名曲として確固たる地位を築いています。