今回ご紹介する1980年(昭和55年)のヒット曲は、竹内まりやさんの「不思議なピーチパイ」です。 「不思議なピーチパイ」は、1980年(昭和55年)2月5日にリリースされた竹内まりやさんの4枚目のシングルです。作詞:安井かずみさん、作曲:加藤和彦さん、編曲:加藤和彦さん・清水信之さんとなっています。
竹内まりやさんの「不思議なピーチパイ」は、全部は憶えていないけれど、サビの部分は憶えているよ。「かくしきれない気分はピーチパイ、わたしの気持ちは七色に溶けて♪」だったよね。
竹内まりやさんの「不思議なピーチパイ」は、資生堂’80 春のキャンペーンCMソングとして使用されています。その影響もあったと思われますが、オリコンランキングでは最高3位、レコード売上39.2万枚の大ヒットとなりました。 ちなみに、この時のキャンペーンガールは、メアリー岩本さん、後のマリアンさんでした。

「不思議なピーチパイ」のキャンギャルは、マリアンさんだったんだね。今、言われて初めて知りました。この時、17、18歳ぐらいだったんだね。
さて、この頃の竹内まりやさんは、「ザ・ベストテン」や「夜のヒットスタジオ」などテレビの歌番組へ積極的に出演して「不思議なピーチパイ」を披露していたんですが、その結果、竹内まりやさんが広く一般に知られるようになりました。
「不思議なピーチパイ」は、後に大活躍する竹内まりやさんがスポットライトを浴びるきっかけになった曲なんですね。メディアへの露出も増えて、出した曲もヒットして良かったよね。
ただ、竹内まりやさんご本人は、当時のアイドル的活動には大きな不満を持っていたそうですよ。売れてはみたものの、自分の考えている道とはどこか違うってことなんでしょうね。
社会人として働き始めの頃もそういう気持ちになること多かったよね。「何か違う」って…。でも、そのうちそれにみんな慣れてくるというのか、考えないようにするというのが正しいのかもしれないけれど、年月だけがあっという間に過ぎていくんだよね。竹内まりやさんの場合は、自分で軌道修正して、ソングライターへの道を歩み始めることになるってことなのかな。
「何か違う」って思いながら、この年までやってきたのですが、何か? さて、竹内まりやさんですが、1955年生まれ、島根県簸川郡大社町(現・島根県出雲市)の出身です。実家は出雲大社近くに在る老舗旅館「竹野屋旅館」というのは有名な話ですよね。ご主人は、山下達郎さんで、娘さんがひとりいらっしゃるようです。 娘さんは、現在、イラストレーターとして活躍されているようですね。
富山の桝田酒造店の純米吟醸「満寿泉Pero」のラベルデザインを担当したのが娘さんみたいですよ。 それでは、竹内まりやさんの「不思議なピーチパイ」をどうぞ!
1980年(昭和55年)のヒット曲「不思議なピーチパイ」竹内まりや
1980年(昭和55年)ヒット曲
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🏮 日本の音楽文化への影響
「不思議なピーチパイ(竹内まりや) 1980年(昭和55年)」は単なるヒット曲を超え、昭和60年代の日本の音楽文化を形作った重要な楽曲の一つです。この時代の音楽は、テレビの普及やレコード産業の成長とともに、日本全国の家庭に届けられました。
その後の音楽シーンにも少なからず影響を与えたこの曲は、後続のアーティストたちにとってもインスピレーションの源となっています。昭和・平成の音楽史を辿る時、この曲は必ず言及される名曲として確固たる地位を築いています。
