スニーカーぶる~す(近藤真彦) 1980年(昭和55年)
📊 年代別ランキング

スニーカーぶる~す(近藤真彦) 1980年(昭和55年)

𝕏 でシェアLINE でシェア
📖 この記事でわかること

「スニーカーぶる〜す」は、1980年(昭和55年)12月12日に発売された近藤真彦さんのデビューシングルです。作詞:松本隆さん、作曲:筒美京平さん、編曲:馬飼野康二さんとなっています。

🎵 この記事の曲をすぐ聴く
Amazon Music で昭和・平成の名曲を聴き放題
30日間無料トライアル実施中
無料で聴く →

今回ご紹介する1980年(昭和55年)のヒット曲は、近藤真彦さんの「スニーカーぶる〜す」です。 「スニーカーぶる〜す」は、1980年(昭和55年)12月12日に発売された近藤真彦さんのデビューシングルです。作詞:松本隆さん、作曲:筒美京平さん、編曲:馬飼野康二さんとなっています。

近藤真彦さんの「スニーカーぶる〜す」もかなり流行りましたよね。歌い出しは「ペアでそろえたスニーカー、春夏秋と駆け抜け♪」でしたけど、やっぱりサビの「Baby スニーカーブルース♪」が印象に残ってる曲ですね。

近藤真彦さんの「スニーカーぶる〜す」ですが、オリコンランキングでは最高1位を獲得、レコード売上104.7万枚とミリオンセラーの大ヒットとなりました。

デビューシングルがミリオンだったんだね。 そう言えば、近藤真彦さんは、テレビドラマ「3年B組金八先生」にも出てたよね。

そうですね。歌手デビューの前に「3年B組金八先生」に俳優として出演されていましたね。ドラマの中では、「星野清」役でした。同じく生徒役だった田原俊彦さん、野村義男さんとともに「たのきんトリオ」として有名でしたよね。 また、「スニーカーぶる〜す」は、映画「たのきんスーパーヒットシリーズ第1弾・青春グラフィティ スニーカーぶる〜す」の主題歌でもありました。 ※画像は、たのきんバイオグラフィーサイト様からお借りしました。

へ~、こんな映画があったんだね。知らなかったよ。個人的には、たのきんトリオの中では田原俊彦さんが一番好きだったかな。

私はマッチが好きでしたね。マッチは、最近のライブでも「スニーカーぶる〜す」を熱唱されているみたいですよ。 そんなマッチこと近藤真彦さんですが、1964年生まれ、神奈川県大和市の出身です。

それでは、近藤真彦さんの「スニーカーぶる〜す」をどうぞ!

1980年(昭和55年)のヒット曲「スニーカーぶる〜す」近藤真彦

1980年(昭和55年)ヒット曲

[テーブル省略]

📅 時代の記録:昭和60年代

「スニーカーぶる~す(近藤真彦) 1980年(昭和55年)」が発表された1980年ごろの日本は、社会的にも文化的にも大きな変革の時代でした。経済成長や社会変化の中で生まれたこの曲は、当時の人々の感情や生活を反映した音楽として、深く心に刻まれています。

音楽は時代の鏡とも言われます。この曲が持つ歌詞の世界観、サウンドのスタイルは、昭和60年代という時代背景と切り離して語ることができません。当時のヒット曲として、今もなお懐かしさとともに多くの人々に親しまれています。

🎵 関連記事

🎧 この記事の音楽を聴く・CDを手に入れる
🎵 Amazon Music(30日無料)🍎 Apple Music(1ヶ月無料)📀 CDをAmazonで探す(PR)
※上記リンクはアフィリエイト広告(PR)を含みます

懐かしい!と思ったらシェアしてください 🎵

𝕏 でシェアLINE でシェア

📊 この記事と一緒によく読まれています

1970年代J-POPヒット曲ランキング!心に響く名曲ベスト20
昭和40年代ヒット曲ランキング|1965〜1974年の名曲ベスト20
昭和30年代ヒット曲ランキング|1955〜1964年の名曲ベスト20
昭和60年代ヒット曲ランキング|1985〜1989年の名曲ベスト20
昭和50年代ヒット曲ランキング|1975〜1984年の名曲ベスト20
J-POP歴代売上ランキング|オールタイムベスト30
← 記事一覧に戻る📊 年代別ランキングの記事をもっと見る →