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覚えていますか?寺尾聰「ルビーの指環」1981年(昭和56年)あの頃を彩った伝説の一曲
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覚えていますか?寺尾聰「ルビーの指環」1981年(昭和56年)あの頃を彩った伝説の一曲

AYADAAYADA|📅 2024.10.16🔄 更新: 2026.04.08⏱️ 約5分で読める
📖 この記事でわかること

「ルビーの指環」は、1981年(昭和56年)2月5日に発売された寺尾聰さんの6枚目のシングルです。作詞:松本隆さん、作曲:寺尾聰さん、編曲:井上鑑さんとなっています。

今回ご紹介する1981年(昭和56年)のヒット曲は、寺尾聰さんの「ルビーの指環」です。 「ルビーの指環」は、1981年(昭和56年)2月5日に発売された寺尾聰さんの6枚目のシングルです。作詞:松本隆さん、作曲:寺尾聰さん、編曲:井上鑑さんとなっています。

寺尾聰さんの「ルビーの指環」と言えば、歌い出しは、(歌詞引用省略)だったよね。しかし、寺尾聰さんの「聰」って字は、「聡」なんだよね。難しくて読めなくて、ずっと「てらおさとし」さんだと思ってたよ。

昭和56年10月1日の常用漢字表内閣告示までは、「聰」という字は使えたみたいなんですが、それ以降は使えなくなったみたいですね。今は「聡」になります。 さて、「ルビーの指環」ですが、オリコンランキングでは1位を獲得、レコード売上枚数は160万枚を超える大大ヒットとなりました。

正直に言うと、当時、寺尾聰さんの「ルビーの指環」って、そんなに良い曲だと思えなかったんだよね。でもめっちゃ売れたんだね。まだ、良さを理解できるほどの大人じゃなかったってことなのかな?

それに関連してなんだけど、当時、寺尾聰さんは石原プロモーションに所属していたんだけど、出来上がった「ルビーの指輪」を当時社長の石原裕次郎さんと専務の小林正彦さんに「聴かせたんだそうです。 すると、専務の小林正彦さんは「こんなお経みたいな曲が売れるわけがない」とダメ出しされたそうですが、社長の石原裕次郎さんは「いいんじゃないの」と言われたそうです。その一声で、レコード化が決定したそうですよ。

いや~、小林正彦さんと同じ意見だわ…。正直、今でも売れた理由が分からない…。

あなたの印象とは裏腹に、寺尾聰さんの「ルビーの指環」は、第23回日本レコード大賞を受賞、作詞者の松本隆さんは作詞賞、作曲者の寺尾聰さんは作曲賞、編曲者の井上鑑さんは編曲賞を受賞するなど、楽曲製作者に贈られるタイトルを総なめにしています。

俺って天邪鬼なのかな?

余談ですが、「ルビーの指環」は、当時の「ザ・ベストテン」では、12週連続1位という最長記録を樹立しているそうですよ。

私の個人的な感想とは裏腹に大大ヒットした寺尾聰さんの「ルビーの指環」をどうぞ!

1981年(昭和56年)のヒット曲「ルビーの指環」寺尾聰

1981年(昭和56年)ヒット曲

[テーブル省略]

🎼 この曲の音楽的背景

「ルビーの指環(寺尾聰) 1981年(昭和56年)」は昭和60年代の音楽シーンを彩った名曲として、多くのリスナーに愛され続けています。当時のレコード産業の発展とともに、この曲は広くラジオやテレビで流れ、日本中に浸透していきました。音楽評論家からも高い評価を受け、このジャンルの代表的な作品として現在も語り継がれています。

歌詞のテーマ、メロディーライン、アレンジの妙が組み合わさり、時代を超えた普遍的な魅力を持つ一曲となっています。ぜひAmazonミュージックなどで聴いてみてください。

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