今回ご紹介する1984年(昭和59年)のヒット曲は、中森明菜さんの「飾りじゃないのよ涙は」です。 「飾りじゃないのよ涙は」は、1984年(昭和59年)11月14日にリリースされた中森明菜さん10枚目のシングルです。作詞・作曲:井上陽水さん、編曲:萩田光雄さんとなっています。
1984年(昭和59年)のヒット曲「飾りじゃないのよ涙は」中森明菜
中森明菜さんの「飾りじゃないのよ涙は」もヒットしましたよね。歌い出しは、「私は泣いたことがない、灯の消えた街角で、速い車にのっけられても、急にスピンかけられても怖くなかった♪」って感じでした。歌詞はちょっとやんちゃなイメージなんだよね。
井上陽水さんの詩ですから、一味違いますよね。 中森明菜さんの「飾りじゃないのよ涙は」ですが、オリコンランキングでは1位を獲得、レコード売上62万枚を超える大ヒットとなりました。
中森明菜さんもヒット曲が多いけど、イメージ的には、この「飾りじゃないのよ涙は」が一番売れたんじゃないかなという…
中森明菜さんのシングル売上ですが、1位は「セカンド・ラブ」、2位は「ミ・アモーレ〔Meu amor é・・・〕」、そして3位がこの「飾りじゃないのよ涙は」となっています。
なるほど!個人的には、デビュー曲の「スローモーション」が好きなんだけどね。 曲には直接は関係ないけど、「飾りじゃないのよ涙は」ってタイトルが妙に印象に残るよね。
そうですね。確かにタイトルが印象に残る感じはありますよね。これって倒置法とでもいうんでしょうかね。
そこはよく分かんないけど、「涙は飾りじゃないのよ」が本来だもんね。それを逆にすることでインパクトが出る感じがする。
確かに「涙は飾りじゃないのよ」じゃ、なんとなくヒットしなかったような気がしますね。
やっぱりこの曲のタイトルは、「飾りじゃないのよ涙は」が正解だよね。
1984年(昭和59年)ヒット曲
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🏮 日本の音楽文化への影響
「飾りじゃないのよ涙は(中森明菜) 1984年(昭和59年)」は単なるヒット曲を超え、昭和60年代の日本の音楽文化を形作った重要な楽曲の一つです。この時代の音楽は、テレビの普及やレコード産業の成長とともに、日本全国の家庭に届けられました。
その後の音楽シーンにも少なからず影響を与えたこの曲は、後続のアーティストたちにとってもインスピレーションの源となっています。昭和・平成の音楽史を辿る時、この曲は必ず言及される名曲として確固たる地位を築いています。