今回ご紹介する1990年(平成2年)のヒット曲は、米米CLUBの「浪漫飛行」です。 「浪漫飛行」は、1990年(平成2年)4月8日に発売された米米CLUBの10作目のシングルです。全作詞・作曲:米米CLUBとなっています。 この「浪漫飛行」ですが、ジャケット写真とカップリング曲の異なる「東日本版」と「西日本版」の2種類があり、それぞれ東日本、西日本で発売しています。
「東日本版」と「西日本版」の2種類を販売するって珍しいよね。
そうですね。当時としてもかなり珍しかったようです。 ちなみに、「東日本版」は、「浪漫飛行」とイージーリスニング調にアレンジされた「ジェットストリーム浪漫飛行」のカップリングで、「西日本版」は、「浪漫飛行」とマーチングバンド調にアレンジされた「そら行け!浪漫飛行」というカップリングだったそうです。
なるほど、そういうことだったんだね。タイトル見てちょっと「プフッ」っとなるところが米米CLUBらしいよね。でも、この米米CLUBの「浪漫飛行」は、大好きでカラオケでもよく歌いましたよ。歌い出しは、「逢いたいと思うことが、何よりも大切だよ♪」でしたね。
米米CLUBの「浪漫飛行」ですが、「東日本版」と「西日本版」では売れ行きに差があったようですが、「東日本版」では、米米CLUBにとって初となるオリコンランキング1位を獲得、売上は170万枚を超える大ヒットとなりました。
ダブルミリオンに迫るぐらいの大ヒットだったよね。そういえば、確か、JALのCMソングだったよね。
「浪漫飛行」ですが、JALのCMソングとして作られたのではなく、1987年(昭和62年)に発売された3枚目のアルバム「KOMEGUNY」に収録されていた楽曲でした。ただ、この曲を作った当時から航空会社のCMソングを狙って作ったんだそうです。それが、(目出度く?)1990年(平成2年)JALの沖縄旅行「JAL STORY 夏離宮キャンペーン」のCMソングに起用されたたことでシングル化となったということです。
航空会社のCMを狙って曲を作るってところが、カールスモーキー石井さんらしいし、それが実際に採用されるなんてすごいことだね。
余談ですが、「浪漫飛行」のボーカル・パートはコーラスも含めカールスモーキー石井さんがすべてを一人で行ったそうですよ。
カールスモーキー石井さん、尊敬しちゃうわ!
それでは、1990年(平成2年)のヒット曲、米米CLUBの「浪漫飛行」をどうぞ!
1990年(平成2年)のヒット曲「浪漫飛行」米米CLUB
1990年(平成2年)ヒット曲
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📅 時代の記録:平成初期
「浪漫飛行(米米CLUB) 1990年(平成2年)」が発表された1990年ごろの日本は、社会的にも文化的にも大きな変革の時代でした。経済成長や社会変化の中で生まれたこの曲は、当時の人々の感情や生活を反映した音楽として、深く心に刻まれています。
音楽は時代の鏡とも言われます。この曲が持つ歌詞の世界観、サウンドのスタイルは、平成初期という時代背景と切り離して語ることができません。当時のヒット曲として、今もなお懐かしさとともに多くの人々に親しまれています。