北国行きで(朱里エイコ) 1972年(昭和47年)
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北国行きで(朱里エイコ) 1972年(昭和47年)

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「北国行きで」は、1972年(昭和47年)1月に発売した朱里エイコさんのシングルです。作詞:山上路夫さん、作曲:鈴木邦彦さんとなっています。

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今回ご紹介する1972年(昭和47年)のヒット曲は、朱里エイコさんの「北国行きで」です。 「北国行きで」は、1972年(昭和47年)1月に発売した朱里エイコさんのシングルです。作詞:山上路夫さん、作曲:鈴木邦彦さんとなっています。

朱里エイコさんの「北国行きで」は、昔からめっちゃ好きな曲ですよ~! 「つぎの~北国行きが~、来たら~乗るの~、ス~ツケ~スをひとつ~、下げて~乗るのア~~~~~♪」って、何度もカラオケで歌ったことあるんだな。

「北国行きで」ですが、オリコン最高6位、レコード売上35.9万枚を記録する大ヒットとなりました。 朱里エイコさんですが、この「北国行きで」が大ヒットして第23回NHK紅白歌合戦に初出場しています。

めちゃんこ歌が上手いし、パワフルだし、でも、当時の女性歌手では異質な存在だったような感じだよね。

朱里 エイコさんは、1946年3月19日生まれ、東京都の出身です。 1964年(昭和39年)に日本人の海外渡航が自由化されると、なんと11月に18歳で単身渡米されています。

え~!その当時に単身渡米って、しかも18歳でしょ? それに当時は、まだ1ドル=360円の時代だよね? 勇気も度胸も凄いけど、めっちゃお金もかかるよね?

海外渡航の自由化から1週間後にJTBが主催したハワイ9日間の旅行代金は、当時の国家公務員大卒初任給の19倍ということなので、現在に換算すると初任給が20万円ぐらいとするなら400万円ぐらいになるのでしょうか。

昔から、あるところにはあるんですな…

単身渡米した朱里 エイコさんですが、多数の応募者からオーディションに合格し、1964年(昭和39年)から2年間の契約で、ラスベガスやシカゴ、ニューヨークなどアメリカ各地の一流ホテルやナイトクラブで活動したそうですよ。 ただ、当時は、無名の新人ということもあり、常にアメリカのヒット・チャート上位40曲を歌いこなすよう要求されたそうです。そんな環境の中で、朱里 エイコさんは、楽譜・歌詞カードに頼らず耳だけで完璧に英語歌詞をコピーしたそうです。

国内のヒットチャート40曲を歌いこなすだけでも難しいのに、英語でしょ? しかも耳コピ?俺には絶対できないわ~ それができる朱里 エイコさんの力量も凄いけど、めちゃくちゃ努力したんだろうね。

1966年(昭和41年)に日本へ帰国して積極的にリサイタルを開いたり、レコードを発売したそうですが、なかなか人気に火がつかなかったようです。 また、当時、ショーを観た芸能関係者の人によると「朱里エイコさんの持ち味が生かされるほど、当時の日本は進んでいなかった」と後に語ったそうです。

当時の日本には、本場アメリカのエンターテイナーを受け入れるだけの土壌ができあがっていなかったってことなんだね。 まぁ、まだ生きるのにみな精一杯の時代だったのかなぁ~

朱里エイコさんですが、1969年(昭和44年)に再び単身渡米されています。その時は、エンターテイナーとして勝負することを決心し、ホテルと契約、バンドの編成、バンドメンバーの給与支払いなどのすべてを自身でやったのだそうです。

朱里エイコさん自身が商品なんだろうけど、売り込みのための営業だけじゃなく、今でいうライブのプロデュースも、さらに経理も担当されたんだね。 普通、そんなのできないよね。凄い根性というか気合というか、頭が下がります。

そして、1970年(昭和45年)にラスベガスでのショーが大成功し、「サハラ・ホテル」で2か月間ロングラン公演をした後、ネバダ、ニューヨーク、ロサンゼルス、ハワイでワンマンショーを開催しています。

サハラ・ホテル」の公式サイト、すごっ!でも、一度、行ってみたいなぁ~ こんな凄いところで50年以上も前に2か月間もロングラン公演するって凄いことだよね。

朱里エイコさんですが、アメリカで活躍した経験をもとに日本での活動を始めると、1972年(昭和47年)1月に発売した「北国行きで」が大ヒットして第23回NHK紅白歌合戦に初出場するなど、デビュー8年目にして日本国内の人気を得ることに成功しました。

苦節8年ですね。しかし、時代を考えると凄いヒストリーだよね。

もうひとつ面白いエピソードですが、朱里エイコさんが、ラスベガスのステージで歌い終えると、偶然聴いていたリンゴ・スターに「食事でもしないか?」と誘われたんだそうです。

え~!リンゴ・スターってあのビートルズのでしょ? 超VIP、超有名人じゃないですか?

でも、リンゴ・スターの誘いを断ったそうです。

え~、もったいな~い!

朱里エイコさんは、後年「あのときはまだ純情で、よくわかっていなかった。もし断っていなかったら、第二のオノ・ヨーコになれたのに」と語ったそうです。

いや~、ほんと、その可能性があった訳だよね~ 傍から見ると残念に思うんだけど、それが良かったのか、悪かったのか…本人のみぞ知るってことですよね…。

1972年(昭和47年)のヒット曲「北国行きで」朱里エイコ

1972年 邦楽ヒット曲 ランキング

[テーブル省略]

「北国行きで」楽曲解説

北国行きでを代表的な名曲です。

アーティストについて

国民的な人気を誇る存在です。

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🎼 この曲の音楽的背景

「北国行きで(朱里エイコ) 1972年(昭和47年)」は昭和50年代の音楽シーンを彩った名曲として、多くのリスナーに愛され続けています。当時のレコード産業の発展とともに、この曲は広くラジオやテレビで流れ、日本中に浸透していきました。音楽評論家からも高い評価を受け、このジャンルの代表的な作品として現在も語り継がれています。

歌詞のテーマ、メロディーライン、アレンジの妙が組み合わさり、時代を超えた普遍的な魅力を持つ一曲となっています。ぜひAmazonミュージックなどで聴いてみてください。

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