今回ご紹介する1973年(昭和48年)のヒット曲は、小林明子さんの「あなた」です。 「あなた」は、1973年(昭和48年)12月21日に発売された小坂明子さんのデビューシングルです。作詞・作曲:小坂明子さん、編曲:宮川泰さんとなっています。
小林明子さんの「あなた」と言えば、時代を超えて愛される名曲ですよね~ 歌い出しは、「もしも~、私が~、家を~建てたなら~、小さな~家を~、建てたでしょう~♪」でしたね。
小坂明子さんは16歳にして1973年(昭和48年)の第6回ヤマハポピュラーソングコンテスト(ポプコン)に出場し、ピアノを弾きながらこの「あなた」を歌唱してグランプリを獲得しています。
16歳でグランプリって凄い才能だよね~ しかし、この時代は、ヤマハのポプコンは有名だったよね~
ヤマハ・ポプコンのグランプリ受賞曲の一例ですが、 ・1975年(昭和50年)大会 中島みゆき「時代」 ・1977年(昭和52年)大会 世良公則&ツイスト「あんたのバラード」 ・1978年(昭和53年)大会 円広志「夢想花」 ・1979年(昭和54年)大会 クリスタルキング「大都会」 ・1982年(昭和57年)大会 あみん「待つわ」 などがありますね。 また、ポプコンをきっかけにデビューしたミュージシャンも多くて、八神純子さん、渡辺真知子さん、チャゲ&飛鳥、長渕剛さんなども有名です。
いずれも名曲ばっかり、そして今では有名人ばっかりだよね。
「あなた」ですが、1973年(昭和48年)の年末にレコードリリースされ、オリコン集計で約160万枚、発売元のワーナーによる発表では200万枚を超える売り上げを記録しています。 1968年(昭和43年)から調査の始まったオリコンによると、初の女性作曲家によるミリオンセラーシングルなのだそうですよ。
デビューシングルでダブルミリオンって、めちゃくちゃ売れてるよね。
その「あなた」ですが、小坂明子さんの話では、高校2年生の時、学校で授業中にノートの片隅に20分ほどで詩を書き、家で曲を付けたものだったそうです。
たった20分であの詩が書けるんだ! そして、それに曲が付けれるなんて、本当にすごいね!
「あなた」のモデルは高校の1つ上の先輩のことを想った歌なんだそうですよ。先輩が高校を卒業後に地元を離れることになり、二人は別れることになったそうです。 なので、歌詞は「家を建てるなら」ではなく「建てたなら」と過去形になっていて、小林明子さんは、「全部それは過去の夢だった、終わった恋だということを、あの歌詞で表現したかったんです」と語っています。
なるほど~、確かに「建てたな~ら~♪」って歌っているよね~ そうか、終わった恋の唄なんだね。それを高校2年生で、この歌詞として表現できるなんて羨ましい才能だわ~
また、歌詞に出てくる「真赤なバラ」は小坂明子さんが好きな花で、「白いパンジー」は先輩の好きな花なんだそうですよ。
なるほど~、ところどころに先輩との恋の思い出を差し込んでいるんだね~
また、「あなた」は、3部合唱の予定の曲で、ポプコンにも3人でエントリーしたそうですが、本戦出場前になって他の2人が出場出来なくなったために急遽、小坂明子さんがソロで歌ったそうです。
小坂明子さんがひとりで歌ってる曲だと思ってたけど、本当は3人で歌う曲だったんだ~ ドタキャンで生まれた名曲ってことなのかな…
それから、「あなた」ですが、オリコンシングルチャートで7週にわたり1位を獲得しています。また、小坂明子さんは、翌1974年(昭和49年)の「第25回NHK紅白歌合戦」に出場されています。
7週連続1位は凄いよね!でも、当時はよくテレビでも流れていたよね。
そんな大ヒットを飛ばした小坂明子さんですが、「あなた」以降目立ったヒットを出しておらず、また本人が子育て中に声帯を傷めて以前のような声が出なくなったこともあり、現在は、作曲家に転向していらっしゃるそうです。
現在も元気に活躍されているんだね。
それでは、1973年(昭和48年)のヒット曲、小林明子さんの「あなた」をどうぞ!
1973年(昭和48年)のヒット曲「あなた」小坂明子
1973年 邦楽ヒット曲 ランキング
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「あなた」とはどんな曲?
発表当初から多くのファンに愛されています。
楽曲の魅力
唯一無二の歌声とメロディがリスナーを魅了します。
この曲を聴く
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📅 時代の記録:昭和50年代
「あなた(小坂明子) 1973年(昭和48年)」が発表された1973年ごろの日本は、社会的にも文化的にも大きな変革の時代でした。経済成長や社会変化の中で生まれたこの曲は、当時の人々の感情や生活を反映した音楽として、深く心に刻まれています。
音楽は時代の鏡とも言われます。この曲が持つ歌詞の世界観、サウンドのスタイルは、昭和50年代という時代背景と切り離して語ることができません。当時のヒット曲として、今もなお懐かしさとともに多くの人々に親しまれています。
