今回ご紹介する1974年(昭和49年)のヒット曲は、りりィさんの「私は泣いています」です。 「私は泣いています」は、1974年(昭和49年)3月5日に発売されたりりィさんの5枚目のシングルです。作詞・作曲:りりィさん、全編曲:木田高介さんとなっています。
この曲も流行りましたよね!「私は泣いています、ベッドの上で~♪」ですね。
「私は泣いています」ですが、売上としては50万枚超(一説では、100万枚を超える)大ヒットを記録しています。
りりィさんのハスキーな声がいいんだよね~
りりィさん独特のハスキーヴォイスなんですが、本来は3オクターブの音域を持つ美声だったそうなんです。ただ、風邪をひいた日に2升近く日本酒を飲み、朝まで歌い続けたら翌日声が潰れてあのハスキーヴォイスになったそうですよ。
日本酒2升って、どんだけお酒強いの?俺だったらへべれけですよ~
あなたは、日本酒に劇的に弱いですもんね~ さて、この「私は泣いています」なんですが、元々は、遊びで作った英語詞によるブルース「アイム・クライング・オン・ザ・ベッド」という曲に自ら日本語の歌詞をつけたものなんだそうですよ。
遊び半分で作った曲がヒットするなんて…羨ましい!
当初は知り合いだった研ナオコさんに歌ってもらうつもりで事務所に持ち込んだところ「自分で歌ってくれないと困る」と言われて、しかたなく歌ったんだそうですよ。
もしかすると研ナオコさんが歌った可能性もあったってことなんだね。 でも、りりィさんで良かったかもしれませんね。
りりィさんは、1952年2月17日生まれ、福岡県の出身です。長男は、ロックバンド・FUZZY CONTROLのJUONで、DREAMS COME TRUEの吉田美和さんは義娘にあたるそうです。
りりィさんは、ドリカム吉田美和さんの義理のお母さんなんだ~!
1974年(昭和49年)「私は泣いています」リリィ
1974年(昭和49年)ヒット曲
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私は泣いていますを振り返る
当時の音楽シーンを彩り、大きな感動を与えました。
音楽の軌跡
その活動は、現在のJ-POPシーンにも通じる革新性がありました。
この曲を聴く
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🏮 日本の音楽文化への影響
「私は泣いています(りりィ) 1974年(昭和49年)」は単なるヒット曲を超え、昭和50年代の日本の音楽文化を形作った重要な楽曲の一つです。この時代の音楽は、テレビの普及やレコード産業の成長とともに、日本全国の家庭に届けられました。
その後の音楽シーンにも少なからず影響を与えたこの曲は、後続のアーティストたちにとってもインスピレーションの源となっています。昭和・平成の音楽史を辿る時、この曲は必ず言及される名曲として確固たる地位を築いています。
