今回ご紹介する1971年(昭和46年)のヒット曲は、にしきのあきらさんの「空に太陽がある限り」です。
「空に太陽がある限り」は、1971年(昭和46年)2月10日に発売されたにしきのあきらさんの3枚目のシングルで、全作詞・作曲:浜口庫之助さん、編曲:小杉仁三さんとなっています。
この曲も当時流行りましたよね~ 「 愛してる~(愛してる)、とても~(とても)、愛してる~(愛してる)、本当に~(ほんとに)、愛してる~(愛してる)、いつまでも~、空に太陽がある限り~♪」最初のうちは、ワンフレーズごとに、バックコーラスが入るんだよね。
「空に太陽がある限り」ですが、オリコンチャートでは週間最高3位を獲得し、30.8万枚の売上を記録、にしきのあきらさんのシングルとしては最大の売上となりました。
にしきのあきらさんというとこの「空に太陽がある限り」ですよね。 後は、「どっきり番組」で、しっかり騙されちゃういい人のイメージかな…
にしきのあきらさんは、若い頃は、芸能人大運動会や水泳大会などで大活躍していましたよね。そして、1990年代以降は、バラエティ番組に数多く出演するようになりました。番組内で「スターにしきの」と呼ばれていて、これがすっかりお茶の間でも定着したイメージがありますね。
とんねるずの「生ダラ」での呼び名だよね~ でも、確かに、今では「スターにしきの」の方が有名かもしれませんね!
話を戻しますと、この「空に太陽がある限り」のヒットで、にしきのあきらさんは、1971年(昭和46年)の「第22回NHK紅白歌合戦」に、2年連続2回目の出場を果たしています。
2回目ってことは、その前にも紅白に出場されてたんだね?
1970年(昭和45年)「もう恋なのか」という曲で、「第21回NHK紅白歌合戦」に初出場されたようですね。
ごめんなさい。その曲は知りませんでした…
余談ですが、「空に太陽がある限り」のレコードジャケットは、現在の最高裁判所庁舎がある東京都千代田区隼町にて撮影されたそうです。当時は庁舎建設前の荒れ地だったんですね。

東京のど真ん中千代田区で、こんなススキがあるような場所が、まだ当時は残ってたんだね。
しかし、にしきのあきらさんの赤いタートルネックが若々しいですよね。
昔の人だと「とっくり(セーター)」って言ってたよねw 首のところがチクチクして嫌いだったけど…
1971年(昭和46年)のヒット曲「空に太陽がある限り」にしきのあきら
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「空に太陽がある限り」楽曲解説
空に太陽がある限りを代表的な名曲です。
アーティストについて
国民的な人気を誇る存在です。
この曲を聴く
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🎼 この曲の音楽的背景
「空に太陽がある限り(にしきのあきら) 1971年(昭和46年)」は昭和50年代の音楽シーンを彩った名曲として、多くのリスナーに愛され続けています。当時のレコード産業の発展とともに、この曲は広くラジオやテレビで流れ、日本中に浸透していきました。音楽評論家からも高い評価を受け、このジャンルの代表的な作品として現在も語り継がれています。
歌詞のテーマ、メロディーライン、アレンジの妙が組み合わさり、時代を超えた普遍的な魅力を持つ一曲となっています。ぜひAmazonミュージックなどで聴いてみてください。
